• クリティカルチェーン TOCによるプロジェクト・マネジメント
日露講和会議 1905年 ポーツマス 米国(写真はウイキペディアから)
日露講和会議 1905年 ポーツマス 米国
(写真はウイキペディアから)

コロナ禍による自粛が続いている。「出口戦略をどうする」といった発言をしばしば聞くようになった。もともとこれは軍事用語だが、コロナとの戦い、コロナに勝つなどの言葉が飛び交っているのでこれが使われるようになったのだろう。出口戦略とは「苦しい戦いが続き損害が増え続けるばかりでは負け戦になる、どこかの時点でなるべく損害を少なく戦争を終わらせたい」という目的のために立案される計画と聞いた。戦争であれ他の何であれ、計画立案ということであれば、これは筆者の仕事であるプロジェクトマネジメントの出番である。

戦争がつねに悲惨な結末を迎えるのは、このような出口戦略を持たずに始めることが大きな要因になっている。1945年のわが国の敗戦は、まさに悲惨な結末そのものだった。ところが、出口戦略の成功はもちろんのこと、開戦にあたって戦争の全体像をしっかり把握しほぼシナリオどおりに進行させた戦争がわが国の歴史にある。プロジェクトマネジメントの観点から、これほど考え抜かれたものは他に無いと筆者は思っている。その優れた実例は、ほんの100年ほど前の日露戦争(1904-05年)であった。

日露戦争については、歴史小説「坂の上の雲」(司馬遼太郎)が有名である。同書は、ご存じのように日清日露戦争を背景に、主人公である秋山好古・真之兄弟の活躍を主軸に、当時の弱小国日本が列強に仲間入りする、つまり坂の上にある理想を目指すプロセスを描いた歴史小説である。発行部数や知名度において、経営者およびビジネスパースンのNo1愛読書と言われている。

同書は史実にもとづく歴史物語であり、事実関係についていくつかの異論があることは承知のうえで、筆者は二冊の著書を出版した。これらの二冊では、小説中のエピソードから現代のマネジメントに役立つ原理原則を抽出した。マネジメントの観点であれば、事実関係の論議とは異なり筆者の主観で書くことができる。とはいえ、執筆にあたっては同書の他に、書籍、月刊誌、雑誌、博物館の展示資料なども参考にした。従って、事実関係の異論について、「事実」と「異なる視点による評価」を識別できたと思っている。

日露戦争の全体像をサクセスマップという技法で表現してみた。これは、開戦前から講和条約まで日露戦争の全体像を主なイベント(事実)の関係性をモデル化したものである。マネジメントの観点から「計画して達成したこと」、「想定した結果になったこと」などを図示している。

日露戦争 全体像のサクセスマップ
日露戦争 全体像のサクセスマップ

明治政府は戦前から戦争遂行にあたって三つの方針を立て、講和までずっと堅持した。

  1. 国力において大差があるので勝つことは難しい。負けないためには短期決戦しかない。シナリオとしては、初期に見栄えの良い戦果をあげ停戦講和に持ち込む。
  2. 当時の最強国である英国との軍事同盟をフルに活用して、独仏などロシアの同盟国を牽制してもらう。つまり、ロシアの味方になる国をつくらないようにする。
  3. 停戦講和の仲介役を、米国に依頼する。そのため、米国大統領と良好な関係をつくるとともに米国における対日世論改善の広報活動をおこなう。

開戦時に「戦争をどう終わらせるか」に苦心している。これがないと、日本が負けるまで戦争が続くことになる。その場合、明治日本の損害は国が破滅するほど大きくなる恐れがあった。明治政府は、そもそも勝てる戦いではないという前提があったから、出口戦略をしっかり考えたことが素晴らしい。その戦略とは米国大統領にロシアとの停戦講和を仲介してもらうために、特使を派遣することだった。特使の金子堅太郎はセオドア・ルーズベルト大統領とはハーバード大学留学時代に面識があった。わずかなパイプを頼りに説得を続け良い関係をつくった。米国は別に親切とか義侠心があるといった理由で停戦講和を仲介したわけではない。東アジアへの自国の影響力拡大という思惑があった。明治政府はそれを熟知し米国を動かした。米国が講和会議の仲介役として乗り出し、停戦と講和が実現した。

今回、コロナとの戦いにおいて「出口戦略」が語られる理由は何だろうか。それはコロナという敵に不意打ちを受け、備え(検査体制など)も十分ではなかったので混乱した。その中でようやくコロナとの停戦を考える余裕が出てきた、ということではないだろうか。明治政府は三つの方針のもとに開戦に踏み切ったが、コロナ戦争ではそういう準備ができなかった。出口戦略は三つの方針のうち最後のものに相当するが、きわめて重要な意味をもつ。初戦では混乱したものの、これからは挽回の段階である。出口戦略が決まり、それに基づき行動する。これが日本全体の国の安全と国民の安心、つまり、やっかいな感染症との停戦につながっていくことだろう。

2020.5.17 津曲公二