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津曲 公二

ヒースロー空港にて ロンドン 英国
ヒースロー空港にて ロンドン 英国

コロナ禍を収束させるか 秀逸なワクチン接種計画

英国はワクチン接種で感染者が激減し(接種率55.5%)、日常を取り戻しつつあると伝えています。(2021/04/10 JB press)
これには秀逸なワクチン接種計画がありました。そもそも国内に感染者がいなかった昨年1月にワクチン接種計画に着手しています。日本では、ダイヤモンドプリンセス号が横浜港に寄港したのが昨年2月ですから、そのスピード感に驚きます。ベンチャーキャピタルの手法で製薬企業5社から「青田買い」でワクチン確保、注射打ちの手がたりないとわかると法律を改定し医師や看護師でなくても資格審査と訓練などでボランティア1万人養成などの対策を実施しました。科学と論理に基づいた取り組みとその結果は世界のどの国よりも抜きん出ています。
これらの情報は英国在住の作家黒木亮氏の投稿「感染者激減、なぜ英国はワクチン接種で先行することができたのか」(JB press 2021/04/28)に基づいています。

近年の英国はEU離脱をきっかけにそれまでとはひと味違う活気があふれているように感じます。国家、とくに英国本土の危機に際して見せる英知とパワーを過去の歴史から振り返ってみます。

2016年6月のEU離脱国民投票

いわゆるBrexit は国民投票の結果、51.9%が離脱を選択、1973年の欧州共同体(EC)加盟以来、43年を経て国家として独立の道に復帰しました。
当時、わかりやすいEU離脱の理由がネットで話題になりました。離脱派によるその言葉を紹介します。「日本の最高裁がソウルにあり国会が中国にあったら嫌でしょう」(ガジェット通信 2016/06/27)。
何ごともそうですが、自分でやらずにあなた任せにしていたらだんだん腕が落ちてきます。英国は国の政治をあなた任せにしては国家の衰退と危機を招くと考えEU離脱を決めたのでしょう。わが国について言えば、戦後ずっと外交と安全保障のほとんどを米国任せにしてきました。わが国の場合、英国のような「離脱」はありえませんが、外交と安全保障について自ら考える時期になりました。QUADのような構想が日本から提唱されるようになったのはその一例と言えます。

次に戦時における英国本土の危機を乗り切った二つの事例を見ていきます。

Battle of Britain ドイツ空軍に対する英国本土防衛戦

第2次大戦の初期、ドイツは欧州をほぼ制圧しソ連とは不可侵条約を結んだうえで英国本土上陸作戦に移行します。そのために英国本土の制空権を巡る戦いがBattle of Britainと呼ばれています(1940年7月~10月)。当時まだ実用化にはほど遠かったレーダーの開発を加速させ実用化、そして防空管制をシステム化、これらはいずれも世界初と言われています。さらにはボトルネックである搭乗員の優先順位による配置などで、ドイツの本土上陸という目標を断念させています。当時の新技術であるレーダーが大きく貢献したことなどを含め、戦略の教科書にとり上げられる事例となっています。

ドイツ潜水艦Uボート壊滅作戦

物資輸送のほとんどを海上輸送に頼る英国に対して、ドイツが仕掛けたのがUボートによる海上輸送路の破壊でした。第二次大戦では、商船約3000隻がUボートにより被災しています。これに対して英国がとった対抗策がドイツ軍の暗号エニグマの解読でした。Uボートはこの暗号による指示で行動していました。天才的数学者チューリングをはじめとした暗号解読チームをつくりついに暗号解読に成功しました。これにより、Uボートの行動を予見できるようになり、性能が向上したレーダーはUボートの潜望鏡すら探知できるようになり、活動を封じ込めました。ドイツはUボートによる通商破壊という目的を達成することができませんでした。

これらの事例に共通すること

三つの事例いずれにも、トップの強いリーダーシップ、先端技術の開発、実行計画の論理的な組み立てが目立ちます。英国本土が危機に陥ったときに、これらの特長が発揮される。世界の最強国であった大英帝国の雰囲気を感じます。現在の英国は国力では当時のレベルはないわけですが、世界の情勢を俯瞰して必要な手を打っていくことは米・中・露などに劣らず優れていると思われます。

日英同盟の再来か 

旧聞になりますが、2017年8月メイ首相(当時)が来日され安倍首相(当時)と懇談されています。何かのついでの訪問ではなく日本だけの訪問でしたから、同盟国扱いであったと言ってよいでしょう。日露戦争(1904~1905年)で大国ロシアと戦って、日本がともかく負けなかったのはひとえに日英同盟(1902~1923年)のおかげでした。
英国としては、香港問題に無関心ではいられない事情もあり、かつ「台湾海峡波高し」といったことも両首相の話題になったのではないかと思っています。時代は巡る、という感じがします。