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津曲 公二

窓ガラスを割るためのハンマー スペイン新幹線 筆者撮影
窓ガラスを割るためのハンマー
スペイン新幹線(筆者撮影)

日本の新幹線には非常口が無い

欧州の新幹線について本エッセーで次のようにとり上げました(2020.7.27 第14回)。

バスや電車は密室ですから、必ず通常の出入り口の他に非常口があります。そして、非常口は乗客が自ら開けて脱出することが前提です。旅客機にも非常口があり、定員に対して非常口の数が定められています。欧州の新幹線には窓ガラスを割って脱出するためのハンマーがついています。ここでは新幹線に限らず公共のバスや電車には乗客が自ら窓ガラスを割って脱出するためのハンマーと非常口がついています。

窓の上部には、脱出の手順が1→2→3と図示されています。初めて乗車したとき、ハンマーで窓ガラスを割ること、そしてこの説明に驚きました。日本では全く見かけたことがなかったからです。残念なことに日本の新幹線にはこのような非常口はありません。窓が旅客機のような小窓なので、小窓は脱出するための非常口としては使えません。非常口をつけるなら旅客機のようなタイプに変更する必要があります。両側にいくつかの脱出専用ドアがつくタイプです。前回(第50回)のエッセーで、テキサス新幹線計画は日本のJR規格に決まったことを紹介しました。

テキサス新幹線では非常口が要求された

新幹線などの高速鉄道という密室での事件は既に起きています。2015年6月新幹線のぞみの車内で、焼身自殺を図った犯人が持ち込んだガソリンで火災が発生した事件、海外では、2015年8月パリ行き高速鉄道タリス車内でひとりのテロリストが起した襲撃未遂事件などです。これらの事件が実際に起きても、わが国では新幹線などの高速鉄道に非常口をつける決定はなされませんでした。一方、欧米では安全に対する感覚や法規制がわが国とは大きく異なります。テキサス新幹線では、非常口をつけることが要求されました。安全に対しては米国も欧州と同様な感覚であることがあらためてわかりました。その非常口は旅客機のようなタイプになるだろうと考えています。

非常時に脱出する状況をイメージできるか

旅客機では非常時の脱出について、乗客に対して離陸前に必ず説明があります。大型機になると脱出口から着地(あるいは着水)までかなりの高低差がありますからシューター(スライド)がついています。乗客はシューター上を滑って脱出します。鉄道の場合、高低差は旅客機に比べればわずかです。シューターは不要でしょう。非常口のドアを倒せばそれが地面まで届く階段になるタイプがイメージできます。

脱出の状況がイメージできない欧州(スペイン)の新幹線 

窓ガラスを割って脱出する手順
窓ガラスを割って脱出する手順

窓の上部に脱出の手順が図示されています(筆者撮影)。意味するところは次のようになると思われます。

 1.赤丸印をハンマーで割る
 2.窓ガラスの割れた部分を手で押し広げる
 3.窓ガラスを手で車外に押し出す
(4.車外に出る)

この図が示したいことは理解できますが、現実にそのとおりに実行できるのか、筆者にはイメージできません。順にチェックしてみます。
1.赤丸印を目がけてハンマーで窓ガラスを割ることはできそうですが、2.と 3.は素手でそのようなことができるのか疑問です。さらに、車外に出るにはどうするのでしょうか。窓から地上まで少なくとも1メートル以上あります。つかまる手すりやハンドルもなく、しかも窓にガラスの破片が残っているかもしれません。
従って、筆者の結論はこうです。「乗客の脱出を助ける人が車外にいる場合には有効だが、乗客だけで安全に脱出できるとは限らない」。とにかく非常口をつけましたよ、という感じですね。

バスの天井にも非常口がある

欧州ではバスの天井にも非常口がついていました。バスが横倒しになった場合、ここが最も脱出しやすい位置になるでしょう。出張で訪問したある国でワンボックスカーに乗車しました。やはり天井に非常口がありました。ところが、このワンボックスカーのスライドドアがとても危ないのです。スライドするためのレールがむき出しになっていて乗降のときに気をつけないと頭をぶつけそうになるのです。ずさんな設計だと思いました。非常口は法規制があるからやる、法規制が無いところは安全のための対策は手を抜く、こんな感じがしました。

ただつけただけでも とにかくそこに非常口がある

欧州新幹線の非常口は、旅客機のような円滑な脱出を筆者はイメージできません。つまり、あまり感心できない出来映えです。それでも、とにかくそこに非常口があります。非常口の目的は、脱出の他に至急に換気が必要になる事態への対応もあります。不出来なものでも、そこにあるだけで役立ちます。

乗客の安全を追求する姿勢が問われる

現在のわが国の新幹線には非常口が未だに全くついていません。鉄道事業者として乗客の安全を追求する姿勢が問われます。わが国の新幹線は開業以来50年以上の安全の歴史があります。しかし、そこにはここで述べた欧州や米国では常識である安全感覚がすっぽりと抜けているように見えます。
安全と言われたわが国の原発でしたが、福島第一原発では世界の信頼を損ねる致命的な事故を起しました。わが国の誇りである新幹線が、福島のような悲惨な事故を招く事態を誰も見たくありません。テキサス新幹線においては、非常口をつける設計変更を要求されました。そうするとテキサス向けには非常口があって、国内向けには無いまま、となるのでしょうか。国民のひとりとして鉄道事業者の真摯な再考を強く願っています。