• クリティカルチェーン TOCによるプロジェクト・マネジメント

津曲 公二

ダラス駅ホームのイメージ図 Texas Central Railroadのサイトから
ダラス駅ホームのイメージ図
Texas Central Railroadのサイトから

テキサス新幹線、日本のJR規格で決着

東洋経済オンラインは『テキサス新幹線「日本基準丸飲み」決着の全内幕』として伝えています(2021.4.12)。テキサス新幹線は、JR東海が技術支援する新幹線プロジェクトです。ヒューストン~ダラス間約380KMを最高時速330KM 、90分で結ぶ計画です。以下、東洋経済オンラインが伝えた内容をもとに筆者の感想を述べることにします。

安全の考え方が異なる

日本以外の欧米各国では「事故後の安全」が前提です。事故後の安全とは「事故は起こる」ことが前提になっています。JR新幹線は全く異なり、事故を絶対に起さないという前提です。これは旅客機と同じ考え方ですね。このような考え方は世界的には他国に無いきわめて異質のものです。そのため、日本の新幹線は専用線路(踏み切り無し)・上下線完全分離としており、動力分散軽量車体による省エネ、環境性能、メンテナンスなどに優れた独自のシステムです。1964年、高速鉄道のイノベーションとしてわが国が世界の鉄道界で初めて実現させたことはご存じの通りです。

アメリカで新幹線の信頼性が認められた瞬間

・・テキサス州の高速鉄道関係者たちは、ある安全基準規則のパブリック再考コメントの行方を固唾を呑んで見守っていた。その安全基準規則とは、テキサスの高速鉄道に関するものだ。アメリカの連邦安全基準ではなく、テキサス高速鉄道に限定して東海道新幹線の安全基準を踏襲するという、アメリカの鉄道史上初めての試みである。・・1月4日、再考期間が終了し、テキサスの高速鉄道だけに適用される安全基準の採用が決まった。アメリカで新幹線の信頼性が認められた瞬間である。

アメリカは「事故後の安全」前提

・・日本側が当初考えていたのは、東海道新幹線のシステムをアメリカの安全基準に対応できるように変更するというものだった。しかし、それは容易なことではなかった。日本とアメリカでは鉄道の安全基準がまったく異なるためだ。アメリカの鉄道安全基準はたくさんの衝突事故や脱線事故が起きることを前提に、事故が起きたときに被害をいかに軽減するかという点が重視される。車両に関して言えば、車両を頑丈に造ることで、客室内の安全性を高めたり脱線を防止することが求められる。一方の新幹線は専用線を走る・・

テキサス限定で日本基準を

2012年7月頃、日本側は全米に適用される高速鉄道の安全基準と新幹線の安全基準をすり合わせることは断念し、テキサスプロジェクトに限定した安全基準(RPA=Rule of Particular Applicability)の制定を目指すという戦略に切り替えた。日本国内では新幹線の安全性は折り紙付きだ。日本で行っていることをそのままテキサスに持ち込み、安全性に問題ないことを認めさせるというものだ。
その結果、防護柵でプロテクトされた専用線を構築し、営業時間帯は高速車両のみが走行する、営業時間帯と保守時間帯を分離する、踏切は排除するといった新幹線の安全を支える仕組みを全面的に採用すれば、ほかの列車との衝突リスクや脱線リスクは「無視できるレベルになる」と結論付けられた。

RPAというルールが決まった

全米に適用される安全基準ではなく、テキサス新幹線だけのRPA(特別適用規則)を決めたわけです。伝えられるとおり「日本の新幹線の信頼性が認められた瞬間」になりました。言い換えると、日本の新幹線の信頼と自信がテキサスを全面的に納得させたのです。もちろん、残された課題もあります。まずは、次のような設計変更が必要となります。

設計変更の対象となったのは

新幹線システムが全面的に採用された結果、テキサス高速鉄道で走行する車両はN700Sとほぼ同じとなる。しかし、細部では車両の設計変更が必要な項目もあった。アメリカは銃社会であり、窓ガラスに銃弾を撃ち込んで耐久性を検証する試験も行われた。防火基準も連邦鉄道局の判断で変更することはできない。こうした結果、運転台の窓ガラス、防火対策、異常時の脱出・侵入窓、脱出経路の表示、身体障害者対応設備といったものが、設計変更の対象となった。

テキサス新幹線には異常時脱出用の非常口がつく

バスや電車などの公共交通機関には必ず非常口がついています。ところが、JR新幹線には非常口が全くついていません。これはJR新幹線の開業以来ずっと放置されたままの大きな問題として本エッセーでとり上げました(2020.7.27 第14回)。テキサス新幹線で、ようやく非常口がつくことになりました。JR新幹線の窓は旅客機と同じ小窓タイプですから、欧州新幹線のような大きな窓をハンマーで破って車外に出ることはできません。旅客機と同じようなタイプの非常口になると思われます。テキサスでの経験が、全ての日本国内での新幹線に適用されることを願っています。

最大の課題はアメリカにJRの安全文化をいかに根付かせるか

連邦鉄道局の安全担当責任者からこんなメッセージがあったという。「日本の新幹線の技術は心配していない。新幹線システムはアメリカでも同様に機能するはずだ。だが、扱うのはアメリカ人である。アメリカにJRの安全文化をいかに根付かせるかが最大の課題である」――。
RPAを一読して驚くことは、車両の最高時速を330kmと記載するなど、単位がメートル法で記載されていることである。アメリカではインチ、マイルなどのヤードポンド法が主流であるにもかかわらずだ。メートル法の後にカッコ書きでヤードポンド法の単位も併記されているとはいえ、メートル法を主とする単位表記は画期的である。「メートル法で管理しないと新幹線と同じ運営はできないことを連邦鉄道局が認めたということ」(JR東海 南智之氏)だ。

「新幹線の安全基準」海外でお墨付き

アメリカが新幹線の安全性を評価した意義は極めて大きい。新たに高速鉄道を導入しようと考える国が欧州の規格を採用してしまうと、そこに新幹線が入っていくことは難しい。しかし、今回RPAという形で新幹線の安全基準がアメリカのお墨付きを得たことで、海外に新幹線の売り込みを行う際にRPAをベースにすることが可能になる。

高速鉄道の世界標準への道を拓く

RPAというルールが米国で認められたことは、JR新幹線が高速鉄道の世界標準への道を拓いたという大きな意味があります。同時に、次のような大きな課題もついてきます。

安全文化の伝承

テキサス新幹線の運営はRENFE(レンフェ:スペイン国鉄の運行管理を担当する企業)です。JR東海は技術支援を担当しますが、運行管理はRENFEです。ここが「JRの安全文化をいかに根付かせるか」という最大の課題を引き受ける主役になります。日本企業はさまざまな海外展開を経験しましたが、「安全文化の伝承」は初めてのことと思われます。JR東海としては技術支援とは全く異質の工夫と努力が要請されるでしょう。開業に向けてJRの安全文化を徹底的なかたちで伝えてもらいたいと切望しています。