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津曲 公二

標高2034m ホテル前の樹木(美ヶ原王ヶ頭 松本市 長野県)
標高2034m ホテル前の樹木
(美ヶ原王ヶ頭 松本市 長野県)

ぎを言うな

これは筆者の出身地である鹿児島の方言です。「ぎ」とは論議や討議の議を指しています。「論議はもう止めろ」や「リクツはもうたくさんだ」といったときに使われていました。とくに先輩からこういう発言があったとき、後輩としては沈黙することが絶対に必要でした。さすがに、現在ではこのような強制力をもった言葉や発言は無くなったようです。
しかし、わが国にはこのような論議を尽くすことを避ける傾向が現在でもいぜんとして残っています。といっても、つねに論議を避けるわけではなく何か聖域といったものに触れそうなときに「ぎを言うな」が出てくるように感じます。
このような傾向は、明らかに技術や産業の発展を阻害します。筆者はこの傾向がさらに拡大することを恐れます。これはわが国の国際競争力の低下、ひいては社会全体の衰退につながります。今回は、このような望ましくないわが国の傾向について考えます。「わが国のソフトは弱い」がきっかけになりました。

日本のハードは強いのにソフトが弱いのはなぜ

筆者が参加しているソフトウエア技術者の集まりがあります。現役、学生、OB・OGそして筆者のようにハードの世界で過ごしてきた者、誰でも参加できる集まりです。ソフト技術者の方々のお話しを聞くのが楽しみで、筆者は10年ほど前に入会しました。2月27日、2月例会の課題は「日本のハードは強いのにソフトが弱いのはなぜ」でした。いつもと異なりゲスト講師無しで、参加者による放談会をやることになりました。事前にメモを提出し、終了後はファシリテーターから「自由闊達な討議ができた」とのまとめ資料をもらいました。筆者としては、すっきりしないことがいくつかあったので、改めてここで述べてみることにしました。

ハードが強いとは、ソフトが弱いとは

80年代の日米貿易摩擦に代表されるようにわが国の電気や自動車は確かに強い存在でした。両者ともに強いハードの代表選手でした。「ハードが強い」とはこれを指しているのでしょう。これに比べれば、わが国のソフトはこのような時代を経験することは無かったのでソフトは弱いと言われるのかもしれません。
ところが、強いハードにおいても電気は中国・韓国に首位の座を明け渡しました。自動車について言うと、排ガス不正に代表されるようにドイツの技術的凋落が目立ちます。これに比べてわが国の自動車は強い存在として健在ではあります。しかし、電気自動車の時代になるとこの強さが維持できるのか、全くわからなくなりました。自動車業界にもソフトの攻勢が始まっているからです。この攻勢を防ぐことができなければ、強いハードである自動車は消え去ることになるでしょう。

自動車業界が迎えたソフトの時代

本連載で「テスラとアップル おつき合いしたいのはどちら?」をとり上げました(第43回)。米国アップル社が電気自動車に取り組んでいます。電気自動車は、動力をたんに電動化するだけではなく自動運転という別次元の展開になることは明らかです。自動運転の世界では、伝統的な自動車メーカーの蓄積したノウハウとは異なるものが必要になります。アップルやグーグルは蓄積したソフト技術をもとに自動運転による電気自動車の主導権獲得を目指しています。

その狙いは、伝統的な自動車業界のように「生産台数の世界シェア」などでないことは明らかです。業界でのシェアトップなどではなく、勝者が総取りするビジネスです。これまで我々が何回も体験させられてきたように、業界標準の確立による総取りビジネスです。これは「ハードは強いがソフトは弱い」などといったこととは無関係に、異なる土俵でのビジネスを仕掛けているわけです。つまり、個々の技術の強弱の問題ではなく、標準化の問題です。

技術の問題ではなく標準化の問題

「日本のハードは強いのにソフトが弱いのはなぜ」の話題に戻ります。わが国のソフトが弱いといってもあくまで相対的な比較です。GAFAは確かに強いソフト技術をもつのでしょう。しかし、同じ土俵の勝負で「総取り」という結果になるとは思えません。真の強さは持てる技術をもとにして「標準化」というソフト価値を独占的利益を生むビジネスにつなげたことでしょう。

ISO(国際標準)がひとつの例になります。ハードの生産物は何も無いにも関わらず、世界の誰もが使わざるを得ないように普及させてカネのなる木に仕立て上げる。我われには無い発想です。注目すべきは技術の強弱ではなく、ここにあるのではないでしょうか。これも既に多くの識者が指摘されてきたことです。

そもそも、標準化のような公共財を使って独占的利益を生むビジネスは、わが国の「三方良し」経営の価値観とは相容れないことです。とはいえ、標準化の後発であるわが国としては米国GAFAの後追いではない独自の道があるはずです。ソフトが弱いと言われるわが国でもTRONは電気自動車に最適なOSとして期待されています。TRONは無償ソフトであることも、いかにもわが国の特長を示しています。標準化ビジネスへの参入について、もう追いつけないとあきらめるのではなく、今から始められることはいくらでもあります。

「ぎを言うな」をやめることから始める

2月例会のまとめ資料に次のような一文がありました。
『もし、日本のITの弱さ、IT人材の不足の問題を変えたいというのならば、それは日本そのものを変えるしかない』
日本そのものを変えるしかないという大胆な結論、これには驚きました。筆者としては、まず「ぎを言うな」をやめることから始めるのが良いと考えます。これは、既定の枠組みから抜け出す論議を活発化させることにつながります。わが国には他国に無い独自の強みや良さが豊富にあります。既定の枠組み、自らの囚われから抜け出すことがカギになると思っています。