• クリティカルチェーン TOCによるプロジェクト・マネジメント

津曲 公二

クレムリン 城塞の一角(筆者撮影 モスクワ ロシア連邦)
クレムリン 城塞の一角
(筆者撮影 モスクワ ロシア連邦)

役所も会社も手続きを簡素に

約1万5000件の行政手続きのうち、99%で押印廃止になる話題は、本エッセー第32回で取り上げました。企業組織でもこのような手続きの簡素化はいぜんから進行していました。
ただ、手続き簡素化の有無に関わらず、結果責任を簡素化することはできません。
案件を承認する仕組みは、承認する権限をもつ人が案件が実行された結果について責任をもつことが必須となります。この仕組みの基本は不変です。「権限があれば責任を伴う」のです。従って、承認する人(案件の決裁者)には提案を却下する権限があります。筆者の企業勤務時代の体験を書きます。

ほとんどの案件は部門内で決裁

入社して10年も経たないうちに、ハンコの数は激減しました。年度計画に盛り込まれた案件であれば、基本的に部門内の役員の決裁で承認を得ることができました。筆者が起案した案件は直属の部長にハンコをもらったら、次に部門長(役員)に説明してハンコをもらえばそれで手続きは完了です。直属の部長は、年度計画をつくるときから一緒に検討していますから内容を共有しています。担当役員には、初めて説明することになる案件もありました。

あるとき、役員に最も力をいれた野心的な計画を説明したときのことです。ひと通り説明が終わって質問がありました。「とても面白い提案だ」「だけど、ここに書いてあるようにうまく行くの?」計画の弱点をついた発言でした。筆者「すべてがここに書いた通りに行くと素晴らしい結果になりますが、正直なところ、やってみないとわからないことがいくつかあります」と応え、弱点を説明しました。すると「それは、そうだろうね」との言葉と一緒にハンコをもらいました。この時期、日産は業績不振が続いていましたから、この役員に限らず、従来に無い取り組みはとにかくやってみようという雰囲気がありました。

ルノーからやってきた経営者の注文

日産を退職し1年ほど経ったころ、前職場の上司を訪問しました。上司から興味深い話を聞きました。ゴーンCEOに社長決裁となる案件の承認をもらいに行ったときのお話しでした。
個別の案件で社長に決裁してもらうことはほとんど無かったのですが、たまたまそういう案件があったのだそうです。
上司がひと通り社長に説明したら(もちろん英語で。社内は英語が基本になっていました)、まず質問「これは私の仕事ですか」 上司「はい、社内の規則ではそうなっています」 社長「わかった、今回は承認する。次回からは複数選択肢で提案するように」

権限があれば同時に責任が伴う

社長に決裁を迫るなら複数選択肢(プランA、プランB・・)から最適と判断したものを選択できるような仕組みにすべきという指示です。欧米で仕事をしてきたゴーンCEOにとっては、これが常識だったのですね。わが国の伝統的な決裁の仕組みは異なります。プランAだけしか書いてない。これについて、YES or NO を迫るやり方です。これでは決裁者は責任の取りようが無い、ということだったのでしょう。
いくつかの選択肢が提案されて、どれも承認できなければ「もっと良い案を」と要求できる。「これならベスト」と思う案だからこそ、結果についての責任がとれるということでしょう。

現場に任せるわが国のやり方

わが国の伝統的な決裁の仕組みは異なります。複数選択肢は必須ではありません。「現場からの提案を限りなく尊重する」という方針に基づいているからです。それは、現場が熱意と責任をもって実行するという前提に基づいています。提案する側と承認する側の双方に方針や理念が共有できる組織の場合、このような仕組みはとくに成長期においては理想的な結果を生み出しました。わが国の経済成長は、このような「頼りになる現場に任せる」「トップは細かいことに口出ししない」仕組みがうまく機能しました。

環境や状況が変るとき

グローバルなビジネスが当たり前になり、我われはコロナ禍という現状にあります。
異文化との接触や非常事態の経験で得られる良いことのひとつは、我われが当たり前と思っていることについて別の視点を気づかせてくれることです。「従来どおり提案したのに、なぜそのとおりに承認しないのか」と決裁者に抗議する人たちがいます。外界の変化に何の気づきもなく従来どおりの発想と行動に終始していたら、そのような組織には停滞と後退しかないでしょう。