津曲 公二
筆者が自動車メーカーで開発部門に在籍していたときのことです。それまで海外販売部門の担当だった副社長が開発部門に担当変更になりました。副社長は人事部門の出身で、それまでに人事部長などを経て、米国事業準備室、経営企画室、海外販売部門など企業の主要部署を経験されており、次期社長と目されている方でした。実際、その後まもなく社長に就任されました。
就任後しばらくして開発部門の人事課から副社長との対話の場を設定したので、部課長は全員参加するようにとの案内がありました。人事課の説明によるといきさつは次のようでした。副社長から部門のすべての人たちと対話したいとの要望があった。部門の全員はとても無理だが、部課長だけに限定すれば何とかできそう。そこで1回2時間、参加は各回とも20名程度、なるべく毎週実施、という条件で日程が割り振られました。部課長全員の参加が終了するのに、半年ほどかかるとのことでした。
副社長としては初めて経験する部門ですから、多忙なスケジュールの中で直接現場の声を聞きたいのだろう、人事出身の方らしいなと思って参加しました。対話は何を話題にしてもよいことになっており、とくにシナリオ無しの形式で毎回3~4つの話題が出るとのことでした。筆者が参加したときは、記録をとる担当がいるわけでもなくそれなりに対話が進行しました。何かのきっかけで筆者がたづねてみたい話題になりました。そこで「仕事の責任とは」を質問しました。副社長はどの質問においてもさばき方が明快で、また話が率直で面白く、この質問の回答もいきなり核心に迫ります。
仕事の責任についての回答は「君たちに責任は無い」、「(なぜなら)責任をとりたくてもとれない。だから、責任は無い」。・・従業員としては、え?という感じですよね。副社長は続けて「米国で商品の欠陥がリコールにつながると賠償その他で軽く数10億円~数100億円もの負担になる。商品を開発した君たちに払えるのか」とのこと・・とても無理です。「その通り。君たちに支払い能力は無い。支払い能力の無い人に責任はとれない、従って責任は無い」・・責任があるつもりで仕事をやってきましたけど!「うん、ときどき責任を感じて自殺する人がいるけどね、はた迷惑なだけだからやめてくれ」(皆、苦笑) ここからが副社長の言いたかったことでしょう。「君たちにお願いしたいこと、それは責任感のある仕事をしてもらうことだ」・・責任感とは責任を果たそうとする気持ち。参加者全員、なるほど納得の対話会でした。
この対話会の10年ほど前に筆者が本社勤務のとき、上司であった部長が電話で「私が責任をとるから(この施策を)やってください」と、ある役員に依頼している場面に居合わせました。「私が責任をとる」、これをはっきり聞いたのは入社して初めてのことでした。今回は「君たちには責任感のある仕事をしてもらいたい」と聞きました。これも初めてのことでした。責任や責任感という言葉を見聞きするたびに、筆者にはこれらの記憶が蘇ってきます。