• クリティカルチェーン TOCによるプロジェクト・マネジメント

津曲 公二

コロナ禍以前のランブラス通り(バルセロナ スペイン/左下はカタルーニャ州の旗)
コロナ禍以前のランブラス通り
(バルセロナ スペイン/左下はカタルーニャ州の旗)

コロナ禍の真っ只中の医療現場

感染症の勢いはいっこうに終息する気配がありません。現場が支えると言えば、医療現場では各国での奮闘の様子が繰り返し報道されています。時間を決めて、毎日住民が一斉に拍手で称えるなども伝えられましたし、東京ではブルーインパルスによる感謝の飛行もありました。感染症の大流行に際しては、ほとんどの国で医療現場の人たちが支えていることは間違いないようです。非常事態では、最前線の人たちがベストを尽くすのは国を問わず共通しています。わが国は自然災害大国ですから、地震や風水害などの非常事態は毎年起こります。その都度、自衛隊、消防、自治体そしてボランティアの人たちによる現場での救助や支援活動は当たり前の光景になっています。

鉄道や高速道路の保守現場

交通インフラの現場での活動もよく知られています。筆者の利用する私鉄の電車内では、トラブル無く電車が運行できるよう保守・保全の広報ビデオが放映されています。縁の下の力持ち、といった感じですが、これも現場の活動が支えている一例でしょう。
非常事態での救援・支援を現場が支えることは、感染症や大災害の場合は万国共通であっても、交通インフラのような日常での地道な活動となると、どの国でもやっているとは思えません。筆者の体験から言うと、予防的活動として熱心に取り組んでいるのはわが国だけではないでしょうか。
いぜんの本欄でも取り上げましたが、鉄道サービスでの時間の正確さは重要な品質です。海外での一般的なやり方は、事故やトラブルが起こってから対処するやり方です。このやり方では時間の正確さという品質を高いレベルで維持することは難しいでしょう。組織(経営)トップの品質を高める方針を、現場がしっかり支えている構造は、わが国では一般的と言ってよい望ましい傾向です。海外においても、利用者はこのような高い品質を期待すると思いますが、経営トップの方針として重視されていないと筆者は考えています。

現場とトップの関係

わが国のような熱心な現場活動のためには、経営トップは活動の方向を決めるだけにしておき、活動そのものは現場の自主的自律的活動に任せるのがよいという考えは良く知られています。現場の品質向上や改善などの活動は、このような考え方で運営されておりうまく機能しています。これは、欧米で一般的なトップダウン式に対してボトムアップ式と呼ばれています。ボトム(現場)でやってみたいことや、やってみてうまくいったことを、トップに提案できるやり方です。トップダウンは上意下達ですから、一方的指示や命令といった感じです。これに比べればボトムアップはボトム(現場)に大きな自由度があり、組織の風通しの良さを感じさせます。

おみこし経営とボート経営

ボトムアップとトップダウンについて、ソニーの創業者のひとり盛田昭夫氏は次のように説明されたそうです。以下は、趣旨を損ねない範囲で筆者が要約したものです。

日本はおみこし経営

日本の祭りは、おみこしを町内の人たちがかつぐ。おみこしの先頭には、かじ取り役がおり、またその前には、必ず先頭でリーダーがウチワを手に指揮をとり、景気づけをする。でも、ほとんど指揮らしい指揮をとることもない。それでもおみこしは進む。みんなはお祭りを楽しんでおり、それ自体に活力がある。これは、スタートしてから目的地に行きつくまでの行動は、非常に効率の悪い方法ではある。
どうも日本人の経営者はどこもこのような経営をしているように思う。つまり、経営者が最終的な目標や方針を示すと、あとは社員に任せる。かつぎ手の社員は、ああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら、ジグザグであっても着実に前に進む。
だから、経営者がいちいちこまかいことまで口をださなくても、社員が一丸となって協力することを心得ている。

米国はボート経営

強いリーダーに引っ張られて急進する米国の会社は何に似ているかと考えてみた。ボートレースのボートのようではないかと私は思う。
ボートのこぎ手は前を見せてもらえない。自分の乗りくんだボートがどこへ向うのかは、コックスにまかせて、後向きに坐ってただこぐことにのみ専心させられる。コックスの命令に合わせて、調子をあわせてこがねばならない。調子のあわないこぎ手はたちまちクルーからはずされる。少数精鋭でなければならないボートでは、能率の上らない人を乗せておくことはゆるされない。
ボートをどちらへ向けるか、ビッチを上げるかは、リーダーの考えしだい。一人のリーダーにすべてをたくして、こぎ手はただひたすらに力を集めてゆく。能率の点からみればもっとも効果的であるし、きびしいといえばこれほどきびしいことはない。

盛田氏は、このあと、おみこし式とボート式、どちらがいいかとなると、これはそう簡単ではないとの説明が続きますが、おみこし経営のほうが「多少はスピードをおとすことにはなっても、まあまあ、大体の方向は間違わずにゆらゆらとすすんでゆく。安全といえばより安全なのがこの方式であろう」という結論になっています。

筆者は、3年前に出版した「日本のものづくりを救う!最強のすり合わせ技術」(日刊工業新聞社)では、この結論に共鳴しこの著書でも取り上げました。しかし、コロナ禍の現在では少し異なる見解をもつようになりました。

いざというときに欠かせない大事なこと

平常時にはおみこし経営のほうが良いとしても、非常時(戦時)には全く不向きと思います。戦時には、時間をかけて組織の合意をとる余裕は無いでしょう。そして、わが国は階層が無い社会ゆえに、どのような意思決定であれ異論・反論が多数出て討議が紛糾し結論がまとまりにくいのです。仮に、結論がまとまったとしても「時、既に遅し」といった事態は十分に想定できます。戦時には経営トップのリーダーシップが欠かせないのです。「私が責任をとるからこれでやれ」といった決断が必須となります。