津曲 公二
最高階数が20階以上の物件をタワーマンションと定義しているそうですが(以下、タワマンと略記)、2021年12月末までに竣工して現存する分譲タワマンは、全国で1,427棟(戸数では375,000戸)だそうです。首都圏、近畿圏、中部圏などの地域に集中しており、この三大都市圏での合計は棟数で85%(戸数では90%)になるそうです(出典 2022.01.31 不動産ニュース)。
分譲住宅としてわが国での初めての建設は1976年にさいたま市に竣工した21階建て(高さ66m)の高層マンションだそうですから、もう50年近く前のことですね。
米国のトランプ前大統領所有のトランプ・ワールド・タワーは2001年に完成、72階(高さ262m)の住居用高層ビルとしては現在でも西半球で最高層となっているそうです(出典 ウィキペディア)。
地震大国のわが国では、相応の耐震技術が開発されていますから、このような高層ビルが地震で倒壊することはまず無いと考えます。従って、このような超高層ビルが地震によって倒壊する不安を筆者は全くもちません。しかし、地震によって電気や水道の供給に支障が出ることは想定しておくべきです。筆者は14階建てマンションの12階に居住しています。3.11大震災の後で計画停電が実施されたことがありました。夜8時以降は停電になりエレベーターが使えなくなりました。それで、外出その他の必要なことは全てその時間までに済ませておくことにしました。従って、生活に多少の不便はあっても上下水道の問題もありませんでしたから、普通の日常生活ができました。仮に電気が停止されエレベーターが使えなくても、12階程度であれば徒歩利用も(疲れるうえに時間もかかりますが)不可能ではありません。
地震で電気が停止すると非常用エレベーターは使えるはずですが、通常のエレベーターは使えなくなります。平常時の快適性は失われ、高層階は「陸の孤島」のような存在になります。食料品や飲料水は備蓄できても、停電によるエレベーター停止や配管損傷による下水道が使用できなくなることは起こりえます。ケガや病気で救急車を呼び救急車が到着しても高層階に往復するために非常用エレベーターを使ってもかなりの時間が必要でしょう。
2017年6月、ロンドン西部に建つ高層住宅棟(24階建て公営住宅)での火災は死者70名という大惨事になりました(当時は約600人が居住)。建物はとしての完成は1974年で、大規模改修工事を2015年~2016年で実施されたようです。外壁に燃えやすい材料を使っていたという火災対策の致命的な問題点や緊急時の避難経路の問題点などが指摘されています。また、スプリンクラーの設置義務はあるものの既存の建物に後で追加する義務は無いため、これが無かったことが被害を拡大したとされています(出展 ウィキペディア)。
わが国のタワマンであれば、この事例のような惨事は想定しにくいことのように思います。しかし、超高層ビルにおいていったん非常事態が起こると脱出の困難さを感じさせる大規模な火災事故でした。
上流及び中流階級が住んだ一戸建て住宅としてドムスが知られていますが、一般市民向けの高層集合住宅としてインスラと呼ばれるものがあったそうです。
以下は『古代ローマライブラリー』(https://anc-rome.info/ サイト運営者:名もなき司書官)に掲載されたものから引用または参考にしています。
人口の過密化で首都ローマは土地が足りず高層化せざるを得ないという事情があったようです。建築材料としては、燃えやすい木材ともろいレンガですから、火災と倒壊のリスクは避けられません。当時は建築基準法のようなものは整備されていなかったようです。エレベーターはありませんから、当然のことながら下の階ほど人気が高く家賃も高い。3階より上の階層は作りが粗雑だったので上の階にいくほど貧しい人たちが住んでいたそうです。
現在のわが国のタワマンにおいては、高層階ほどお値段が高くなります。古代ローマ時代とは真逆ですね。これはエレベーターという設備の出現だけでは説明できません。現在では防火区画の形成など火災は発生しても出火元だけでとどめる構造的な工夫が施されています。24時間体制の防災センターもありますから、出火はしても大きな火災には拡大しないというシステムが構築されています。つまり、火災が発生しても安心して高層階に住めるようになっています。
いつも見慣れた風景であってもずっとおつき合いするなら、良い眺望は魅力的なことに違いありません。しかし、わが国おいてタワマンは本質的な欠陥があると筆者は考えています。それは、わが国は地震大国だからです。地震が起こったときにどうなるかを想定せずに、いかなる住居もその長所をあれこれ考えることはできません。筆者の考えるタワマンのもつ本質的な欠陥は次のとおりです。その前提として、次のことをあげておきます。
前提 | 想定された規模の地震で建物そのものが倒壊することは無い(建築基準法に沿って構造的に問題なく建造されている。かつわが国の建設企業は手抜きをせずきちんとした建造物を提供する) |
本質的な欠陥 | 発生後長期間にわたって快適性が失われ不便な生活を強いられる |
① | 地震発生で電源が喪失すれば非常用エレベーターは使えるが、その後本格復旧までの期間は不便な生活を強いられる。つまり、徒歩での昇降は困難(不可能)なことが高層ビルの本質的な欠陥である。上水および下水配管の損傷も同様に高層であるだけにその分だけ不便な生活を強いられる。 |
② | 避難階段があっても居住者が一斉に利用することになれば、その行動自体に危険が伴う。但し、高層住宅では自室または自室に影響する火災でなければ、指示が無い限り自室にとどまるべきという勧告もある。一斉避難についてはマネジメントと訓練の問題として解決できると思われる。 |
住居はその土地の風土や気候と切り離して考えることはできません。タワマンという新しい社会文化に対してどう付き合っていくか、筆者の考えは否定的です。オフィスビルであれば、高層ビルであってもそこに滞在する時間は居住する住宅に比べればより小さなものになります。人生において最大の時間を過ごす居住空間に本質的な欠陥があれば、それは選択肢になりえません。
本エッセー第118回「見るからに危険な住宅を購入する消費者」においては山あいの扇状地にびっしりと建築された住宅のことを述べました。いったん集中豪雨があれば扇状地は土石流の通り道になります。こういうところを選定するのは購入者の低すぎる民度レベルの結果と述べました。タワマンについても、筆者は同様な感じをもちました。