津曲 公二
バルセロナ・サンツ駅 タクシー乗り場
スペイン高速鉄道AVE(アヴェ)は首都マドリッドとバルセロナを2時間半ほどで結ぶ。さらにフランスのマルセイユ行き列車もある。
前回は20世紀日本の三大発明として筆者の関心領域である機械製品でかつ乗り物関連に限って、新幹線、カーナビ、ハイブリッド車をとり上げました。このうち、重要な社会基盤として新幹線ほどわが国全体を快適にしているものは他に無いでしょう。また、鉄道輸送の新たな境地を開くものとして各国でも続々と建設されました。わが国の特徴として、継続的なカイゼンは得意だが新規なものを生み出すことは苦手と言われます。しかし、従来から存在したものについて新たな可能性を見出した新幹線は明らかにりっぱな発明に違いありません。
新幹線の構想は戦前からあったそうです。1940年、鉄道省が制定した「広軌幹線鉄道計画」が議会で承認されました。これは、15年かけて東京~下関間を開通させることを目標としていました。「幻の新幹線計画」と言われたりするようですが、じつに壮大なプロジェクトだったことが偲ばれます。このような経緯を経て1964年に開業した東海道新幹線は、その考え方も次のようにじつに秀逸でした。
これらはエッセー第50回で述べたように、米国で初めて計画され実現に動き出しているテキサス新幹線においてもそっくり適用されています。当時の構想がいかに優れており、妥協しなかったことがわかります。
ここで無事故と言うのは、脱線や衝突などでの車内乗客の死傷事故が無かったことを指しています。車内での傷害事件や自殺の巻き添え、ホームや線路での死亡事故は発生がゼロということではありません。しかし、時間帯によっては大都会の通勤電車のようにわずか5分おきの発着があることを考慮すれば、わが国以外ではなし得ないことです。まずは基本的に大記録であることは間違いありません。ただ、さらにこのような無事故を継続するための課題があります。これは後述するとして、次に筆者の海外での新幹線体験を述べることにします。
スペインではまずマドリッド~バルセロナ間を利用しました。日本で言えば、東京~大阪のような関係ですね。専用軌道で、わが国と異なり平地をまっすぐ走行する感じでした。従って、乗り心地は良く、普通車でも座席は2+2だけです。わが国のように3+2などはありません。上級クラスでは食事がついていたり、専用待合室があったりします。車両はドイツのシーメンス社製でしたが、速度が時速300KMに近づくと車内騒音がやや高くなる程度でした。速度は車内で常時表示される他、音楽を聞くためのイヤホンが配られたりや車内スクリーンではドラマが放映されていました。専用のスーツケース置き場やビュッフェもありました。
ロシア出張時にモスクワ~サンクトペテルブルク間を利用しました。在来線の広軌を走行するため、室内幅はかなり広く、普通車の座席は2+2でもわが国新幹線のグリーン車なみの広さでした。速度はあまり出ず、車内表示で時速200KMを超えることはめったにありませんでした。車両はドイツのシーメンス社製でした。車両の性能が低いのではなく、軌道の保守が行き届いていないので高速が出せないのだろうと思いました。車内にビュッフェはありましたが、扱い品目はきわめて少なく車内サービスはわが国とは比較になりません。音楽やドラマ放映なども印象に残っていません。
これは本エッセー第50回でとり上げたことです。テキサス新幹線はJR東海が技術支援を受け持ちますが、非常口が無いことについて日本仕様は通用しませんでした。非常口をつけることは世界的には常識のように思われます。このように安全面では不安が残ったままということです。さらには、故意の事態に備えるためには、航空機搭乗時のような、全ての旅客に対してのセキュリティチェックが欠かせないと考えます。車内警備の巡回サービスなどだけでは不十分ということです。
全ての旅客に対してのセキュリティチェックが必要ですが、そのためには空港なみの対応が必要となります。空港には空港使用料があります。新幹線もそのような料金をあらたに設定する時期になっていると思います。これについて、使用者(乗客)の理解が得られるようにする努力が必要となります。
わが国の新幹線は、世界初で登場し開業以来無事故という大記録をつくっています。さらに安全面でも世界の常識をこえる対応や備えを期待しています。