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津曲 公二

ロシアの新幹線サプサン-サンクトペテルブルク行き列車(モスクワの駅にて)
ロシアの新幹線サプサン-サンクトペテルブルク行き列車(モスクワの駅にて)

愛称さまざま

ロシア新幹線の愛称はサプサン(はやぶさ)でいかにも高速で飛ぶといった雰囲気があります。筆者が好きな国、スペインの場合、その愛称はアヴェ(ave、鳥)でやはり飛ぶものです。これはスペイン語で高速鉄道を意味する頭文字三つをうまく組み合わせています(Alta Velosidad Espanola)。いずれもそれぞれに速いイメージがわきますが、東海道新幹線の愛称は全く異なります。「こだま」は音速、「ひかり」は光速ですから鳥類とは段違いの速さですね。さらに「のぞみ」となると異次元領域になりますから、どこも追いつくことはできないでしょう。

品質とは・・クルマの例

品質にはさまざまな定義があります。ここでは、要請される本来の働き(機能)として述べることにします。そこで、モノの例としてクルマをとりあげます。通勤用にマイカーを購入する場合の本来機能として、最も重要なことは故障しないことでしょう。ちょっとした不具合で走らなくなるのはとても困ります。乗り心地などの快適さや燃費などはユーザーが期待する品質ですが、ある程度は事前にわかります。もうひとつ、かねてはその価値がわかりにくい重要な本来機能があります。それは安全性です。例えば、衝突時の被害を軽減するエアバッグなどはクルマの安全性を高めるものです。通常はありがたみが感じられませんが、非常時には欠かせない大事な機能として装備されています。

新幹線の品質 放置されたままの大きな問題

新幹線の利用者にとって、じつに便利なことは時間が正確なことと便数が豊富なことでしょう。時間帯によっては3分おきのサービス、しかも所要時間がきわめて正確、これらの「定時性」は、わが国以外ではなし得ないレベルです。ダントツに世界一の品質と言えるでしょう。もうひとつ、クルマと同様に重要なことがあります。いざ事故があった場合の「安全性」に関わることです。欧州ではその安全対策が常識として装備されています。それにも関わらずわが国では開業以来ずっと放置されたままという大きな問題があります。筆者は、世界一と誇るべき新幹線の致命的なリスクと考えています。

新幹線には非常口が無い

バスや電車は密室ですから、必ず通常の出入り口の他に非常口があります。そして、非常口は乗客が自ら開けて脱出することが前提です。旅客機にも非常口があり、定員に対して非常口の数が定められています。欧州の新幹線には窓ガラスを割って脱出するためのハンマーがついています。新幹線に限らず公共のバスや電車には乗客が自ら窓ガラスを割って脱出するためのハンマーと非常口がついています。旅客機の場合は窓ガラスを割って脱出することができないので、専用の非常口がついています。搭乗時に必ず客室乗務員がこれを説明するのは良く見かけることです。

密室での事件は既に起きている

2015年6月新幹線のぞみの車内で、焼身自殺を図った犯人が持ち込んだガソリンで火災が発生した事件がありました。巻き添えで乗客1名が亡くなりました。犯人の意図がテロではなかったので、被害はそのレベルにとどまったと言えます。また2018年6月のぞみの車内では、隣席にいた犯人が乗客に鉈で切りつけ殺傷する事件があり乗客1名が亡くなりました。
海外では、2015年8月パリ行き高速鉄道タリス車内でひとりのテロリストが襲撃を企てました。このときはたまたま乗車していた現役軍人たちが犯人を取り押さえたため、襲撃は未遂で終わりました。この軍人たちがいなかったら多数の死傷者が出ただろうと言われています。

安全面の配慮が欠けている

わが国の新幹線車両は、乗り心地や性能など技術的な側面では、疑い無く欧州製をはるかに超えた高いレベルにあります。しかし、安全面の配慮はすっぽりと欠けています。欧州では常識として車両に装備する非常口などはありません。
前述の事件の対策として、警備員による車内巡回の対策がとられました。しかし、それ以上の対策は何も無いようです。例えば、乗客の手荷物検査や非常口を装備した新型車両の計画などは今のところ発表されていません。わが国の社会がこれまで安全だったときの感覚から少しも変っていないようです。
これでは、乗客の安全や安心には、ほとんど関心が無く、利益効率一辺倒の経営としか見えません。1964年に開業した新幹線は旧国鉄が残した大いなる遺産です。それにあぐらをかいた経営姿勢が続くようなら、厳しく断罪される日が待ち受けている、そのように感じます。

残り続けるリスク

米国でテキサス新幹線の計画がスタートしています。ダラス~ヒューストン間(約400KM)の新線で、わが国の新幹線が採用されました。大きなイノベーションを実現したわが国の新幹線は、専用軌道・上下線完全分離、動力分散による軽量車体など等、それまでになかった鉄道輸送の革新を成し遂げました。
米国の事業者がわが国の新幹線を選択したのは、自然で素直な判断だったと思います。ただ、安全面での事業リスクは残ったままです。米国での鉄道輸送の常識がどのようなものか、つまり非常口が無いことにどれくらい寛容であるか、筆者にはわかりません。ただ、欧州における安全面での常識が欠けていることは、この事業のひとつの不安材料であることは確かです。米国は訴訟社会です。これを考えると「不安材料は明らかな事業リスクとなる」恐れがあります。

安全面での革新を

たんにこの事業リスクの解消だけでなく、安全面でも世界に先駆けた技術革新が期待されます。わが国の新幹線利用者のひとりとして、世界中のすべての旅行者が安心して利用できる対応を切望しています。