津曲 公二
本ホームページのエッセーの筆者である津曲は生まれてから高校卒業まで鹿児島で育ちました。西郷隆盛は鹿児島では今も英雄として扱われています。例えば、掛け軸その他に南州翁(西郷のことです)の言葉が書かれたものは、郷里の家庭にはよくありました。筆者の実家にあった掛け軸は征韓論で政治的に敗北し維新政府から下野して故郷に帰ったときのものでした。草書体でしたからなかなか読みづらかったのですが、冒頭の文意はわかりました。現代風に言えば「・・今、私の言うことを聞いておかないと後になってたいへんな苦労をするだろう」と書いてありました。当時、参議院では全国区という選挙区がありました。全日本がひとつの選挙区なのです。知名度の高い候補者がそろって当選していました。西郷の孫で西郷吉之助という方がありました。西郷その人と全く同じ姓名でしたから、この方は参議院全国区で確か三期連続当選されたと記憶しています。西郷隆盛は鹿児島県だけでなく、全日本レベルでの英雄だったと言ってよいでしょう。
今回紹介するのは明治維新について薩長政権に批判的な立場から多くの著作がある原田伊織氏の著書のひとつです。そもそも明治維新については堕落した徳川幕府を維新の志士たちが苦労して勝ち取った英雄たちの物語、美談としての歴史しか知りませんでした。これは学校教育もそうでしたが、筆者の場合は司馬遼太郎の著作から、そのように受けとっていました。原田氏の著作は、そのような英雄物語や美談に真っ向から挑戦するものでした。しかしながら、英雄像が否定されても、不思議なことに何の違和感もありませんでした。それには次のことが大きく影響していると感じています。
福澤諭吉は言わずと知れた明治期の啓蒙思想家ですが、これは彼の言葉だそうです。原田氏の著書の扉に次のように書いてありました。
福澤諭吉は言った。「西郷の罪は不学に在り」
そして次のような著者の説明が続いています。
・度量が偏狭で協調性がなく、一度敵とみた者はとことん憎む ・粘着性をもち、好戦的で常に独走する ・死の商人グラバーと手を組み、密貿易で長州に武器を渡す ・江戸でテロ集団「赤報隊」に無実の人々を殺させ、騒乱を創り出す ・グランドビジョンもなく倒幕に突き進む
不学についての著者の説明は、まるで裁判官による激烈な判決文のような感じがします。英雄視する観点からは、まさに真逆の評価となっています。筆者としては英雄が不学であったことについて違和感は無いと述べました。原田氏の説明はたんに不学というだけではすまない冷酷な悪漢という評価になっています。西南戦争で西郷が亡くなってから、100年を超える時間が経っています。ひとつの歴史について様ざまな評価が語られる、これは文明国だけのものではないかと思われます。
商用車大手メーカーである日野自動車のリコールについては本エッセー「第114回一罰を科せられた大手メーカーの深刻な事態~リコールの原因は社内で秘密裏に進行した不正行為」として取り上げました。その続報がありました。
日野自動車、エンジン不正で取締役ら4人辞任 歴代社長に報酬返納要求
西日本新聞 2022.10.08
トラック大手の日野自動車は7日、エンジンの排出ガスや燃費性能の試験データを改ざんしていた問題の経営責任を明確化するため、取締役3人を含む計4人が7日付で辞任したと発表した。不正は少なくとも約20年前から行われており、2003年以降の歴代社長ら11人に報酬の一部の自主返納を求める。トヨタ自動車出身の小木曽聡社長は続投し、月額報酬50%を6カ月間減額する。企業風土改革など経営の立て直しに取り組む。
社長退任後においても歴代社長ら11人に報酬の自主返納を求めることは、筆者の知る限り、このような規模は前例が無いと思われます。組織のトップ経営層はすべてについて責任を負う、当たり前のことではありますが、不学であってはならないということです。いくら、組織内で秘密裏に進行していたとはいえ、20年以上の長期にわたる不正行為について「知らなかった」では済まされません。企業規模を問わず、どの企業においてもトップ経営層は緊張感をもって業務執行に取り組まれています。今回初めて、退任後においても不学を問われることになりました。経営層に限らず、誰であれ不学を問われることが無いようにしたい、自戒を込めた筆者の思いです。