• クリティカルチェーン TOCによるプロジェクト・マネジメント

津曲 公二

四柱神社(長野県松本市大手)
四柱神社(長野県松本市大手)

日本経済の最大の問題は中小企業という見解

高名な在日のイギリス人経営者であるデービッド・アトキンソン氏は、持論として日本経済の最大の問題は中小企業にあるとの見解を様ざまに発信されています。中小企業とは、製造業などでは従業員300人以下、サービス業では100人以下の企業のことです。企業数で言えば、わが国のほとんど(99.7%)の企業は中小企業です。大企業や中堅企業はごくわずかなのです。従業員数でみると中小企業の従業員数は全体の約70%、付加価値額では全体の約53%だそうです。(出典 2021年版中小企業白書(中小企業庁)による。)

アトキンソン氏の分析では、中小企業は労働生産性において大企業とは大きな差がある。これが根本的な問題であるとされています。上記の白書から、労働生産性を従業員一人当たりの付加価値額として計算すると、確かに中小企業は大企業の半分ほどになりますからアトキンソン氏の分析は間違ってはいないのでしょう。

従業員数で大企業は全体の31%を占めていますが、付加価値額では全体の47%を生み出しています。わが国ではこれから労働力が減少していきます。「貴重な働き手を浪費するな」ということなのでしょう。分析は正しいようですから、労働力をムダ使いするなという主張は分析に沿った結論として理解できます。続けて、次のような見解を出されています。

中小企業護送船団方式の終焉

国家の政策として中小企業を保護してきたが、それはもう時代にあわなくなったと主張されています。少子化・高齢化に伴う社会保障費の増大も避けられず、必然的に「中小企業改革」につながる。これは現在360万社ある中小企業を200万社弱に統廃合することになると説明されています。わが国では、このような論議はあまり聞かないようです。タブーとは言いませんが、話題としてとり上げたくない雰囲気はあると思います。そこを真正面からから切り込んだ姿勢は評価できます。わが国の経済評論家の方々から、このような見解が無いことは少し不思議な感じがします。

そこで、筆者がお付き合いしている中小企業A社の取り組みを紹介します。A社は従業員100名未満の製造業ですが、その経営姿勢はわが国の中小企業に限らず多くの企業で大いに参考になると考えます。

社内教育がきわめて実践的

毎月、全員参加型の社内セミナーが開催されます。現在は業務に必須のEXCELスキルについて初級から中級クラスが1~2回実施されています。講師は主として社長ですが、内容によっては役員や管理職になることもあります。今後の企業経営でITリテラシーの重要性を訴求する一環として社内セミナーが位置づけられています。業務内容によっては、全員対象ではなく、関係者数名だけのワークショップもひんぱんに開催されます。その特長は、新規の課題などがあれば、どのように取り組むのか、最終的な姿や理想形は何かなどものごとの考え方などについても討議があることです。従業員の知的な成長を期待されていることがよくわかります。これに触発されて、部門内で管理職が担当者対象の技術講習を開始したところもあります。

DXの進め方 その準備段階がきわめて戦略的

筆者がお付き合いした当時、DXはまだ社会の話題になっていませんでした。その頃、組織の位置づけを明確にする組織編制案が発表されました。現在の売上を確保するためのコア事業部、将来の商品開発のための戦略事業部でした。組織の構成はほぼ従来どおりでしたが、どのような位置づけを持たせるか、若干の人事異動もありました。まずこのような組織編成がありました。次に「会議の進め方」についてきわめてわかりやすい方針が提示されました。「会議の目的は何か」「目的に合わないことは討議しない」、これらを守ることで驚くような結果になりました。従来、1~2時間かかっていた会議が10~20分程度で終わるようになったのです。

三つの柱によるDXの推進

DXとしては、業務日誌、コミュニケーションツール、ドキュメント保存の三つの柱があります。全てを網羅するシステムではなくそれぞれの用途に即したものを上手に組み合わせて構築されています。筆者も設計部を支援する外部者の立場からこれらを活用していますが、スピーディなコミュニケーションと記録の参照について使い勝手が良いことを実感しています。当然のことながらコロナ禍をきっかけにテレワークに移行しましたが(製造の現場を除く)、テレワークがリアル職場に後退することはなく、筆者も部外者としてミーティングへの参加などコミュニケーションが容易になったことを実感しています。

プロジェクトの進ちょく会議は不要に

筆者はプロジェクトマネジメントの業界に参加してほぼ20年になります。プロジェクトの運営に当って進ちょく会議は不可欠必須のものでした。この企業では、これが不安なく廃止されました。進ちょくの見える化が実現したからです。進行中のプロジェクトは一覧表があり、それを見ると個別プロジェクトの状況が明示されています。これも企業内で専用のソフトを自製されたからです。筆者はこのような使い勝手の良い市販ソフトを未だ見たことがありません。
ここでの課題は、このやり方を社内の全ての業務に適用することです。このときの考え方のカギになることも、社長自らがきちんと次のように言語化して社内に展開されました。

生産性向上のカギは「組織機能のシグナル化」

プロジェクトの進ちょくが交通信号のように青・黄・緑のようにシグナルで表示できれば、誰にでも容易に状況が把握できます。プロジェクトは現在どのような状況にあるか?この程度の作業の遅れは無視してもよいのか?これらはベテランマネージャーの仕事でした。この企業では、状況把握は新人でも理解できます。それは、プロジェクトの進ちょく状況がきちんと明示されているからです。プロジェクトに限らず、すべての組織機能について「シグナル化」を実現する。これがこの企業の当面の課題になっています。飛躍的な生産性向上のカギがここにあります。

大企業と中小企業の生産性には大きな差があります。しかし、そこから中小企業の統廃合に結びつけることは暴論です。「世界が称賛する日本の暮らし」は、わが国が欧米と比べて多様性に富む国だから実現できたことです。わが国には八百万の神さまがあります。現在の企業数360万社がもっと増えても、まだ神さまのほうが多いようです。もちろん、増える企業としてはここで紹介したような企業であることが欠かせません。

注)世界が称賛する日本の暮らし・・ニューズウィーク日本版(2022.8.16)特集記事