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津曲 公二

五十鈴川(伊勢神宮 三重県伊勢市)
五十鈴川(伊勢神宮 三重県伊勢市)

多様性という価値観をもつのは日本だけ

前回に続いてわが国の多様性についての話題です。クリスマス、大晦日の除夜の鐘、新年の初詣でなど、年末年始のイベントとして続きます。これらは国民的行事として定着していますが、それぞれの由来はキリスト教、仏教、神道となります。特定の宗教を忌み嫌う人はいるかもしれませんが、わが国では三つの宗教に由来する行事が常識として定着しています。このように、国民的行事の中にもわが国には宗教的な多様性があります。

マンガの世界は多様性の極致

宗教に関連して多様性の最も過激な例はマンガの世界です。例えば、中村 光氏の「聖☆おにいさん」(セイントおにいさん)という名作があります。ブッダとイエスが立川市のアパートで共同生活するという設定のマンガです。初めて読んだとき作者の奇想天外な発想に驚くとともに、海外のキリスト教徒が読んだらどう思うのか大いに気になりました。それはともかく、日本マンガは欧米を始めとして海外のファンを惹きつけて独占的な普及状況になっているようです。わが国のマンガが一神教の国々で受け入れられていることを、筆者は心から歓迎しています。

本エッセーの前回では侵略的中世キリスト教から国を守った戦いについて、仏教伝来から江戸時代までを述べました。今回は江戸を経て明治、それから現代までになります。

明治政府による仏教弾圧 廃仏毀釈

仏教伝来からその後も神道と仏教は共存することになります。伝来からおよそ1300年後、愚かさ極まる明治政府によって廃仏毀釈のような仏教弾圧がありました。ここで「愚かさ極まる」とは、明治政府についての修飾語です。明治維新については、それまでの江戸時代を全て否定し維新をことさらに美化する歴史教育がなされてきました。いわゆる勝者の歴史観で江戸の文化や徳川幕府の政治を否定しました。しかしながら、廃仏毀釈は宗教における多様性というわが国の貴重な文化を自ら捨て去ったのです。どのように取り繕っても愚かさ極まるとしか言えません。

260年間続いた江戸の平和

江戸時代は宗教政策として仏教が採用されましたが(寺請制度)、基本的に神仏習合の社会でした。明治政府は仏教を排斥して神道を国教とする神道国教化政策をとりました。明治元年のこの政策が、後になって国家神道と軍部が結びつき悲惨な戦争へと暴走することになりました。そもそも、廃仏毀釈や神道国教化などの愚かな政策が勝ち目の無い戦争の出発点になっていました。明治政府の国家運営は、徳川幕府のようなプロの政治家やそれを支える充実した官僚組織がすっぽりと欠落していたと考えます。

江戸時代、宗教に限らず社会のあらゆる仕組みが戦争を避け平和を持続させるように構築されていました。それにより、徳川幕府による平和は260年間も続きました。明治維新から昭和の敗戦まで77年間です。「三流の維新 一流の江戸」(原田伊織著 2016年)と評価されるゆえんです。現在のわが国では仏教も神道も両者ともに平和裏に社会に溶け込んでいます。

明治政府の欧化政策

仏教伝来のときも、たんに宗教だけでなく同時に先端文明も導入されました。これは、既存の神道とあつれきを生むことになりました。とはいえ、明治政府がやった廃仏毀釈のような相手を敵対者として抹殺するような愚かなことはせず、その後の両者は平和的に共存することになりました。このようにわが国の文化の多様性は引き継がれました。

明治政府はそれまでの歴史を全て否定する立場から、極端な欧化政策をとりました。鹿鳴館などはそのみっともなさがわかりやすい一例です。江戸時代は長く平和が続いたので、欧米とは武器などで大きく遅れを取りました。また、科学や技術についても同様な遅れをとりました。追いつくために科学と技術などに関して素晴らしい日本語が創造されることになりました。科学、技術、哲学、意識、知識、概念、帰納、演繹・・、これらはすべて当時の啓蒙思想家であった西 周(にし あまね)の独創によるものでした。現在でもそのまま使われているのですから、その偉業に驚くばかりです。とはいえ、現在の我われが考えておかしいと思う論争もあったようです。日本語の表記に使用する文字をローマ字にすべきという論者もあったようですし(ローマ字論)、類似の主張としてカナ書き論もあったそうです。

先端文明と一緒にやってきたキリスト教

明治時代も初期は、キリスト教は禁止されていました。徳川幕府の禁教令が解除されたのは明治6年(1873年)のことでした。この頃から、教育や社会福祉の分野でキリスト教の布教が始まりました。これらが、現在の多くのミッション・スクールへと発展していきました。当時から150年ほど経ちました。ミッション・スクールは日本社会にしっかりと定着し、進学先として高い人気があります。また、キリスト教徒ではないにも関わらず「結婚式は教会で」というカップルも少なくありません。このように、キリスト教とその文化に対してわが国の社会はきわめて好意的です。にもかかわらず、キリスト教徒そのものはわが国の人口比で言うと1%未満とされています。これは、我われ日本人が宗教を含めた伝統的な多様性に本能的な信頼感をもっていることを示しているからと思われます。わが国社会の安定性はまさに多様性にありますが、それを明確に認識しなくても本能的な信頼感があるのです。とはいえ、現代はわが国に限りませんが、その国の根幹に関わる部分への攻撃が激しくなっています。

学校教育に浸透するキリシタン迫害史観

キリスト教とその文化に対してわが国の社会はきわめて好意的であると述べました。そのキリスト教に対してわが国は迫害を続けてきたという「キリシタン迫害史観」に基づく学校教育がなされています。信長・秀吉・家康たちが、侵略的中世キリスト教から国をいかにして守ったかについてわが国の歴史家たちは真正面から自らの考証に基づく見解を訴求するようになりました。ところが、教科書執筆者たちは相変わらず受け売りのキリシタン迫害史観を続けています。これは、戦後の進駐軍が悪意をもった占領政策の一環として進めたことも大きく影響しています。また、大手メディアもことごとくキリシタン迫害史観で占められています。

わが国は聖徳太子の時代から、国民が力を合わせて2000年もの歴史を築いてきました。そして特筆すべきはわが国の多様性です。多様性とは他者の意見や存在を認める、他者の異なる意見や存在そのものを認めることです。悪意ある政治的宣伝に惑わされるのではなく、現在のわが国とこれまでのわが国の歴史を直視する知識と行動力が求められています。